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dolcevita_ryu
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    管理人:Ryu
    大阪在住30代会社員。
    草食系スイーツ男子&メガネ男子のイクメン。
    twitter始めました。@dolcevita_ryu

    妻:
    管理人より3つ年上の姉さん女房。繊細虚弱な夫と正反対に豪快でパワフル。

    トト:
    長女である黒ラブ。9歳。フレンドリーでオープンな性格だが、臆病で気の弱い一面も見せる。見た目と違って非常におとなしい。

    遥音(はると):
    長男。幼稚園でモテモテの年長さん。
    優しくてフレンドリー。気さくなあんちゃん。

    理央音(りおと):
    次男。かなり凶暴なやんちゃもの。
    10ヶ月から歩きはじめて目が離せない。
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10日目〜11日目 2/29〜3/1 ローマ〜アムステルダム〜大阪

いよいよ帰国日。
5時半に起きて6時半には朝食へ。
ローマで3回目の朝食だが、「ロゼッタ」というパンを毎日食べていた。「ロゼッタ」とは「ローズ」、つまり「バラ」の形のパンらしいが、サッカーボールのように見えるこのパンはフランスパンのような食感。「日本ではこのパン食べられないよなあ」とか会話したパン1つにも終わりの感傷。

7時にはホテルを出て、バスで空港へ。しかし途中、天候は雨から雪へ。
な〜んか嫌な予感が・・・。

空港で搭乗手続きをしたあと、時間があるので残ったユーロを使いきるべく、おみやげを買うが、カプチーノ2杯分だけは残しておいた。
で、カプチーノを2人で飲みながら日記を書いていると、同じツアーで仲良くなった猪原さん夫婦が、私たちが乗る飛行機が悪天候のためにローマに来るのが遅れたため、出発が1時間遅れになると教えに来てくれた。やはり・・・。
アムステルダムで関空行きに乗りかえるのだが、果たして間に合うか?もし飛行機が飛んでしまっていた場合、中国経由(中国で1泊)で帰ることになるかもしれないと添乗員に言われてビビる。

ともあれ、ローマからアムステルダムに向けて飛行機は離陸。小さい飛行機&悪天候で揺れる揺れる。酔い止めを飲んでおいてよかった。

アムステルダムについたら、まだ飛行機が飛ばずに待っているから急げと言われ、日本人全員(他社ツアーの人含む)猛ダッシュ。500メートル以上は走っただろうか。ゼイゼイ言いながら関空行きに乗りこむと待たされていた他の乗客から白い目で見られる。オレたちのせいで遅れたんじゃねえっつの。

そんなこんなで順調に思えたツアーも最後の最後にトラブルにあったが、日本に向けて出発。
この飛行機もけっこう揺れて、あまり眠れなかったが、機内で見た「School of Rock」という映画はバカバカしくておもしろかった。機会があれば見ても損はないと思う。AC/DCが好きな人にはニヤリとさせられる場面が多々あります。

イタリア人の気質、文化、歴史、気候、風景に触れた夢のように楽しかった11日間はあっというまに終わってしまった。
あまり楽しめなかったきよには悪いが、私は満喫できた。イタリアは想像していた通りの良いところだった。イタリアがさらに好きになった。
今回、ラッキーだったのはミラノダービーのチケットが取れて、しかもドラマチックなゲーム展開で盛り上がった試合だったこと。ベネツィアがカーニバルの時期でにぎやかだったこと。そして最もラッキーだったのは今回のツアーには私たちも含めたった8人しかいなかったこと。小回りがきくし、全員が仲良くなれた。20〜30人のツアーを現地でも見かけたが、あれは移動等を考えると大変だと思う。
良い人ばっかりだったし、偶然にも全員が新婚さんだったので、共通の話題も多かった。年も近いから仲良くなれた。伊東さん、猪原さん、平良さんの3夫婦に感謝。おかげで楽しかったです。
Grazie mille!

イタリア最高だ!また行きたい!
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9日目 2/28 ローマ

朝食は6時半のスタートから一番乗り。するとティラミスが少しだけあったのでいただいた。朝から濃い。
ヨーグルトが何種類もあるのだが、コーヒーのヨーグルトを発見。もちろんトライしてみる。でもけっこう普通においしかった。後味にコーヒー風味がするだけで、味はちゃんとヨーグルト。予想に反しておいしかったのはすごく残念。



オプショナルツアーでバチカンにあるシスティーナ礼拝堂に行くためホテルを8時に出発。8時半についたがすでにすごい長蛇の列。30分以上は並んでやっと中に。ここも手荷物検査と金属探知機が。
システィーナ礼拝堂というのはバチカン美術館のうちの1部分。他にも絵画館や博物館、図書館などのいくつもの施設の複合体になっている。
まずはけっこう空いてる絵画館からがいいらしい。驚くべきことだが、バチカン美術館はシスティーナ礼拝堂を除いてカメラ撮影がOK。ダヴィンチの未完成の絵「聖ヒエロニムス」やカラヴァッジョの「キリスト降架」などを見た。

次はいよいよシスティーナ礼拝堂へ向かうのだが、礼拝堂内は話してはいけないので、中庭にある説明用ブースにて、あらかじめガイドから説明を受ける。システィーナ礼拝堂は何がすごいかというと、かのミケランジェロ作「最後の審判」がある場所。人嫌いのミケランジェロが女性の体のデッサンを頼むことができず、館内にあった力強い男性の彫刻から下絵を作ったために、登場するすべての人の体が筋骨隆々になっているとか。女性でもムキムキらしい。

礼拝堂までの通路にも古代の彫刻や緻密なタペストリーなどが並び、右左だけでなく、天井の絵も見なくてはならず、非常に忙しい。建物自体も柱1つにも装飾がほどこしてあるし、床にも様々な色の大理石が幾何学模様になっているので、360度首を振りながら歩いていたと思う。

途中、ラファエロの間というところを通った。ラファエロとその弟子たちの絵が3、4の部屋に分けて飾られている場所。ガイド本に載っている有名な絵、「聖体の論議」はガイドさんの説明によれば、遠近法の完全な失敗作らしく、言われてみればたしかにそう見える。一点透視法だったっけな?それに対して二点透視法を使った「アテネの学堂」とを対比させて見たらよくわかった。

で、やっとシスティーナ礼拝堂へ到着。ここでツアーは解散となる。私たちはバチカン美術館の他の施設も見たいので、ここに残ることに。帰る人は来た時に乗った車で帰るのだ。
小さな入口から入ると、その入口のある側の壁一面に「最後の審判」があった。すごい迫力だ。さすが。
しかし今までイタリアで見てきた絵や彫刻に出てくるキリストは、どれもすべて痩せ細っていて、時にはバラのトゲの冠をかぶせられて、頭から出血していたり、十字架に張りつけられたときの杭の痕があったりと「不健康」なものしかなかったが、前述の通り力強い男性の彫刻を元に描かれているために、キリストまでも「きんに君」になっているのは、正直、笑えた。よくこれでOKが出たなと。この当時はクライアント(ローマ法王)の依頼で絵を描くので、OKが出なければギャラがもらえないというご時世だったわけだし。

しばらくこの大作に見とれていたが、土曜日は13時半で全館閉まるので(ちなみに日曜日は休館)、他の施設を見るべく移動開始。特に私は博物館に行きたい。
と、ここできよがトイレに。私もついていく。すると広い施設内の場所を示す案内板があって、よ〜く見てみると「closed」と書いてある。どうも土曜日は一部しか公開していないらしい。ガーン。元来た車に乗って帰ったらよかった・・・。あきらめてトボトボ外へ。急な予定変更だ。

まずお昼ご飯を食べるところを探さないといけないが、町の中心の方へ戻りたいので、危険と言われる地下鉄に乗るべく、地下鉄A線のオッタヴィアーノ駅へ。地下鉄もトラムやバスと同じく1ユーロで75分間乗り放題。恐る恐る駅へ入っていくと薄暗い。空気もほこりっぽいような気がして、余計に恐怖心をあおる。そしてホームに地下鉄が入ってきた。き、汚い・・・。
昔のNYの地下鉄のように所狭しと落書きがしてある。しかし車内はそんなに汚くなかった。危険な感じはしないが、念のためドア付近を避けて、安全と言われる中のほうへ移動した。
そして5つ先のレプッブリカ駅で降りて、ナツィオナーレ通りを南へ歩く。

まずはお昼ごはんを食べるところを探す。歩いていると雨が降ってきた。と思った次の瞬間、突然「ひょう」に変わって驚いた。とりあえず近くのピッツェリアに入った。たまたま入ったこの店にも日本語メニューがあって助かった。イタリアに来てからのきよのお気に入りである、豆などが入った野菜スープとラザニア、プロシュートなどがはいったピッツァ・プリマベーラ(春のピザの意)をオーダー。やはりおいしい。最後の最後までハズレなし!

店を出てさらに南へ。お昼時というのもあるし、土曜日というのもあって、閉まっている店が多い。歩いているとまた「ひょう」が降ってきた。そのときちょうど見てみたかった「intimissimi」という下着屋さんの前だったので、雨宿りがてら入ってみる。すると接客してもらうのが緊張するほどキレイな店員さんがすぐに笑顔でお出迎え。「May I help you?」と近づいてきたが、「Wait.」というと「Only watch?」というので、「Yes.」と答えておいた。とりあえずぐるっとお店を見て周る。
この下着メーカーはあちこちに店があるし、広告の看板もあちらこちらで見かけたので、こちらでは有名なのだろう。カワイイ系の下着ばっかりで日本にないのが不思議なぐらい。きよが手に取ったきれいな水色でサイドのレースの部分にハートが入っているかわいいブラを試着してみることに。しかし胸の開いている部分のカットがあまり気に入らなかったらしい。ここでふと、店員さんに「あんまりでした」とどうやって伝えるのか非常に困った。英語でなんていうんだろう・・・。困ったあげく、とりあえず胸のあたりで手のひらをヒラヒラさせるジェスチャーでなんとか通じたらしい。意味あってたかなあ。
かわいいお店だったので、何か1つ欲しかったが残念。





ナツィオナーレ通りをさらに南へ行き、昨日通ったフォロ・トライアーノの横を抜けてコロッセオに。せっかくローマに来たんだし、中に入らないと。するとやはり行列ができていて、アメリカ人(英語の発音と服装から判断しておそらく)の修学旅行の団体が目立つ。30分ほど寒い中を待ってようやく中へ。しかし見るべきものは何もなかった。一応、1階と2階をぐるっと周ってみたものの廃墟と化したコロッセオ。外からその偉大な姿を眺めるだけで十分だったかも。

帰りはカブール通りを東へ向かい、ホテルへ戻ることに。しかし私が歩き疲れたので、BARへ入ることに。しばし休憩を。もちろん「ドゥエ・カプチーノ」。そういえば添乗員が言ってたが、イタリア人はみんな猫舌なので、コーヒーはどこでもぬるいのだそうだ。たしかにどこでも飲みやすい温度になっていた。

このあと、またUPIMに行って買い足りないおみやげのお菓子を買いに行った。地下の食料品売り場で自分用のプロシュートハムが欲しかったのだが、生の食材は空港でひっかかるので買わなかった。パルミジャーノチーズなら大丈夫だったらしく、それにすりゃあよかったと後で思った。
UPIMの2階ではキッチンまわりのものをいろいろ見たのだが、イタリアのものはカラフル。きれいなグリーン地に花柄のトレーとランチョンマットが気に入ったのだが、そのランチョンマットは洗濯できない素材だったので、トレーだけ購入。あと、紳士服売り場でネクタイが4.9ユーロで売ってたので3本購入。日本円にして700円ぐらい。安いわりには良い品だと思う。

ホテルへ戻り、イタリア最後の晩ごはんをどうするかを決めようとガイド本を開いて、検討する。しかし私がかなり歩き疲れていたので、近くのお店を探したら、ホテルのまん前に「est est est」というピッツェリアがあったので、そこにする。
ホテルより徒歩1分。予約なしでも入れた。特製ピザとフェットチーネ・ボロネーズを注文。ボロネーズ(ボローニャ風の意)とは日本でいうところのミートソースのこと。
食べているとギターを持った流しのおじさんが入ってきた。数曲歌っていると私たちに「どこから来た?」と聞いてきたので、「Osaka!」と答えたら「sukiyaki」(上を向いて歩こう)を歌い始めたので、わたしたちも日本語で歌って、チップを渡した。隣の席にイタリア人大学生カップル4人が座っていたのだが、おじさんと一緒に歌う、歌う。おかげでイタリアの最後の晩餐は明るく陽気で楽しいものになった。

ホテルに戻って、これまでのイタリア旅行を思い出して、終わりがきたことを思ってさみしくなった。
フロに入って寝る前におみやげがちゃんとトランクに入るか心配だったが、あまり買いすぎないように気をつけたおかげで、あっさり全部入った。しまった・・・もっと買えばよかった・・・。
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8日目 2/27 ローマ

朝からシャワーを浴びて朝食へ。昨日フロに行かずに寝てしまったことをきよがたいそう怒っていた。まだちょっと機嫌が悪そうだ。睡魔には自分が一番弱いクセに・・・。

9時にロビーに集合してミニバスに乗り込み、ローマ市内観光へ。まずはコロッセオから。
ローマには他の3都市と比べて行くべき観光スポットが広範囲に多数点在している。コロッセオに向かうバスの車中から右に左にキョロキョロしながらガイドさんの説明を聞く。
建物と建物の間からコロッセオが見えた時に「あ〜ローマに来たんだ」という実感が湧いた。
ガイドさんの話で12世紀ごろの遺跡の上に17世紀ごろ建てたアパートがあって、そのアパートには今も人が住んでいるらしい。遺跡の上で洗濯モノが干されたりしているってことか。信じられない・・・。美術館でもいつでも触れるところに絵や彫刻がかざられているし、なんかすごく無造作というか無防備。遺跡なんかも柵がなかったりする。




コロッセオに着いてガイドさんからいろいろ説明があったあとしばし自由時間。凱旋門やフォロ・ロマーノやらウロウロして写真を撮っていると、きよがトイレに行きたいというので、別々に分かれて、私はコロッセオの周りをグルっと周ってみることに。



コロッセオの周りには古代ローマ帝国時代の兵士のカッコをした人が10人ほどはウロウロしている。一緒に写真を撮ってお金をもらうというれっきとした商売である。けっこう揉め事が多いらしく、中には数万円請求されたなんて話も聞く。なので声をかけられても超無視。ローマといえばコロッセオ。観光地ならではの商売というのは世界中どこにでもある訳で、この兵士も実はアメリカ人だったりする。日本人から教えてもらったのだろうか、「なんでだろ〜う♪、なんでだろ〜♪」と巧みに(?)声をかけてくる兵士もいた。



コロッセオの中には入らずに次の目的地へ移動。次は真実の口。
時間が早かったせいか誰も並んでいない。この真実の口もメイン通りに面した場所にあり、誰もがタダで触れる。元々は下水道のフタか何かだったらしいが。私たちが写真を撮っていたらいつのまにか行列ができていた。タイミングが良かったらしい。ラッキー。
ここは写真を撮るだけのスポットなのでサラっと次へ。次はバチカン市国のサン・ピエトロ寺院だ。



着いたらものすごい行列。ここも飛行機のように手荷物のチェックがあり、それもあってかなかなか列が進まない。しかも今日はどこかの国の偉い人が来るらしく、一部の区域が閉鎖されている。
やっと寺院の中に入ると、めちゃめちゃ広い。世界一広い教会らしく、端から端までが180メートルもあるので、内部をぐるっと歩いて周るだけでけっこうしんどい。教会内にしては珍しく写真撮影がOKなのでミケランジェロのピエタ像も写してみた。しかし美術品というのは写真に収めても、その迫力を閉じ込めることはできない。あまり意味のないことをしているかもしれないという疑念を抱きつつシャッターを押していた。というのもあとできよから「なんで撮らんかったん!?」と言われるのを恐れたからだ。旅の記憶として後々見返して、記憶を呼び覚ます助けになればいいや。
ローマには世界中から旅行者が来る。イタリア人なら小さい子の遠足や社会見学として。そしてけっこう目立ったのがアメリカ人ティーンのの修学旅行の集団。かなりの数がいたと思う。日本の修学旅行生と大差なくうるさいし、ガイドの話は聞いてないし。
そんな中に混じってシスターのカッコした黒人の女のコたちの集団を発見。ガイドの話を聞く顔の真剣さと目の純粋さを見て、俗な気持ちの私がこの場にいることが申し訳ない気がした。
このスケールの大きな寺院だが、今までさんざんこれぐらいのスケールのものを見てきたので慣れてしまっていた。しょうがないことだが、できるだけ新鮮な気持ちをもって見るように心がけた。
そして一行は次の目的地トレビの泉へ移動する。



ガイドさんからバスの車内でコインの準備をするよう言われた。コインの枚数で意味が変わるとか。1枚なら「ローマに戻って来れますように」、2枚なら「愛が成就しますように」、そして3枚なら「別れられますように」ということらしい。私は1枚(しかも100円玉)、きよは2枚投げた。5枚投げて「今の夫と別れて新しい恋人とうまくいきますように」という複合技もあるとか。
このトレビの泉は単にコインを投げるというだけの名所にすぎないのだと思っていたが、素晴らしい彫刻がほどこしてあり、美術的に価値の高いものだと感じた。とにかく力強い。圧倒される。

ここで観光は終了。買い物に便利なスペイン広場周辺はトレビの泉から歩けるので、ここで解散したが、上着を着てこなかった私ときよは寒いので、そのままバスに乗ってホテルまで帰り、再び歩いてスペイン広場へ。かなり歩いた・・・。



この日は午後から買い物タイムと決めていたのでちょっとでも気になる店にはどんどん入る。ここで気がついたのだが半径1キロ内に同じブランドの店が何件もある。benettonやintimissimiという下着のブランドは5、6軒あったんじゃないか。どの店も置いているものに差がないので不思議に思った。
歩いているとかわいい雑貨屋さんを発見。ここでいろいろ買った。おみやげ用というよりは自分たちが使うものばかり。砂糖を入れる陶器やアクリル製の写真立てなどなど。そういや今までできよの顔が一番キラキラしている。買い物は楽しいようだ。後で聞いたらこの日が一番楽しかったとか。最後のローマでやっと心の底からイタリアを楽しんでくれてよかった。私だけ楽しんでいる感じだったのでホっとした。
そしてこの後のお昼ごはんは、この店で働いていた日本人の女性におすすめの場所を聞いてそこで食べた。私はペンネ・アラビアータ。きよはトマトのリゾット。けっこうイケた。
イタリアに来てからフィレンツェで中華を1度食べた以外はすべてイタリア料理だが、まったく飽きることなく、食べることができている。どこのお店に入ってもハズレがないのがうれしい。

スペイン広場でちょっとボーっとしてみる。映画「ローマの休日」ではジェラートを食べていたらしいが、実際は飲食は一切禁止。警察がちゃんと見張っている。
スペイン広場は原宿みたいなもんで、地元の中高生がタムロしていたり、私たちのような観光客がボーっとするところ。イタリアでは今ごろになって、ジーパンをお尻まで下げて履く「腰パン」と言われていたファッションがガキんちょの間で流行っているらしい。Bボーイは世界中のあこがれなのかミラノでも何人か見た。でも中学生ぐらいのコぐらいしかやってなかったので、おそらくすでにブームは下火かと思われる。
そういうコたちがスペイン広場にチラホラいた。

この後トレビの泉まで戻って、その目の前にあるベネトンに入った。午前中に来たときにディスプレイの商品がかわいかったから。店内に入ってきよに似合いそうなストライプの入った茶色のパンツがあったので試着してみることに。きよから「試着してもいいか?ってなんて言うん?」って聞かれたので、「たぶんMay I try it on?だと思う。でもTry?で通じるで」と答えたら、本当に通じた。でもサイズが合わなくてあきらめるも近くにある他のベネトンにも探しに行くことに。3軒ほど行ったが、結局無かった。
そんなふうにウロウロしていたら本屋さんを発見。イタリア料理の写真がいっぱい使われているレシピ本を探していたのだが、見つからなかった。この本屋は子供向けの絵本が充実していて、特に開くと飛び出す絵本がかなりの種類置いてあって、おみやげとして数冊購入。イタリアの絵本はレベルが高い。まだ自分の子供はいないけど、自分用にも買えばよかったかな。
歩きまわって疲れたのでBARへ。「ドゥエ・カプチーノ」も言い慣れたもんだ。



BARを出てヴィットリオ・エマヌエーレ二世記念堂へ。上からフォロ・ロマーノを眺める。ここは無名戦士のお墓があって、兵士が2時間交代で24時間警護している。その兵士の姿がカッコよくて思わず写真に。ここはかなりお気に入りの場所。無料だし、景色も最高。
下に下りてフォロ・トライアーノに行ったがすでに閉まっていたので外から見たが特に見るべきもの無し。でもらせん状にレリーフがほどこされた記念柱は素晴らしかった。


コロッセオにも行こうかと思ったが、時間が時間なので明日にする。暗くなり始めたのでホテルに戻ることにした。
途中、ラツィオポイントに寄ってニットキャップを購入。お店を出ようとすると店内にいたおじいさんがドアを開けてくれた。根っからのラツィオサポーターのおじいさんが日本人ラツィアーレ(ラツィオファンの意)に敬意を表してくれたのだろうか、かなりうれしかった。イタリア人って粋。
ホテルのロビーにいた添乗員においしい晩ごはんの店を聞くことにする。きよがどうしてもポルチーニのフェットチーネを食べたいというので、それを置いているお店を探してもらい、予約もしてもらった。ホテルから歩いて10分のテルミニ駅の近くにある「Mangrovia」。
お店についたらかなりいい感じの雰囲気。ウエイターもビシっとカッコいい。
ポルチーニというのは日本でいう松茸のように香りが良いことで知られていて、味も良い。フェットチーネとはきしめんのような平べったいパスタのこと。めっちゃおいしかった。他にもトマトのサラダとサルティンボッカ。どれもうまかった。
2人とも大満足でホテルに戻り、いよいよ最終日となる明日の予定の確認と荷物の片付けなど帰国準備をして寝た。
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7日目 2/26 フィレンツェ〜アッシジ〜ローマ

この日はフィレンツェからローマへ移動する日であるため、7時にはスーツケースを部屋の外に出しておかなければいけない。出しておけば勝手にバスまで運んでくれるのだ。だからこのツアーでは一度もスーツケースをガラガラ押したことがない。

8時にホテルを出てアッシジへ向かう。
2時間の移動の間には添乗員からイタリアの話を聞く。しかし添乗員とは大変な仕事だ。イタリア語はもちろんのこと、イタリアの地理や歴史、文化、経済などいろんなことを勉強しておかなくてはいけない。私はこの添乗員のそういった話を聞くのが好きだ。観光するにしてもイタリアの背景を頭に入れてから観ると2、3倍はおもしろいのではないか。他の参加者が10感じるなら、私は20も30も感じ取れるようにアンテナを張ろうと思う。まあそれはホームページのネタになりそうなものを常に探しているから、旅行に限らないのだけど。

この移動の間に景色をチラチラ見ながら日記を書く。他の参加者(きよ含む)はほとんどみんな寝ている。私はなんとか起きて景色を楽しむように心がけた。その中で日本の家とイタリアの家の相違点をいろいろ探してみる。自分が将来建てる家にはイタリアの家に多かった木製で緑色のトビラ型の雨戸をつけたいと思った。



この日は朝からずっと激しい雨に見舞われていて、アッシジについても雨は止まなかった。
アッシジにはキリスト教のフランチェスコ会の総本山であるサンフランチェスコ教会があって敬虔なカトリックがお祈りに来る場所だ。世界遺産にも登録されている。ピサも世界遺産に登録されているらしい。
教会の中は神聖なところなので半袖や短パンでは入れない。ミラノのドゥオーモと同じ。着帽もダメで私語もダメ。到る所に「SILEZIO」と書いてある。修道士に「シレンツィオ!」と注意されているイタリア人もけっこういた。
フランチェスコが生きた13世紀ごろのものも残り、歴史を感じさせるものばかり。ただ美術的には特に感動するようなものではなく、ジョットのフレスコ画にしても「ふ〜ん」という程度。ミラノ、ベネツィア、フィレンツェと周って、多くの美術品や建造物を目にしているので、多少のことには驚かなくなってしまっている自分がいて、そのことに驚いた。慣れとは恐ろしい。

雨のせいかもしれないが、観光客もそんなに多いわけではないのでちょっと寂しめ。みやげもの屋さんもキリストやマリアの置き物にロザリオ(十字架)のついたようなもの多く並んでいる。途中かわいい石けんばかりを置いている雑貨屋を見つけたが、店が閉まっていたので、外からディスプレイを眺めるのみだった。

この日の昼ご飯はクリームソースのペンネ。まあまあイケた。ペンネの歯ごたえが絶妙。



日記を書きながら思い出したが、アッシジに行く前にフィレンツェの町を一望できる山にバスで登ってから、それからペルージャを通ってアッシジに行ったことを書いておく。イタリアには高速道路と準高速道路というものがあって、速度の制限などの違いがあるらしい。準高速を通って行ったのだが、道が悪い。けっこうデコボコがひどくてバスが揺れる。バスの移動中に日記を書いているので汚い字がさらに汚くなる。あとで自分でも読めないような字になっているかもしれない。

アッシジを後にして、一路、ツアーの最終目的地であるローマへ向かう。これもだいたい2時間ぐらいだった。
ローマの町に入るとかなり渋滞している。なかなかホテルまでたどり着かないのだが、そのほうがかえってゆっくり街並みを見ることができてよかった。
この長い旅もついに最後の地ローマへ来てしまったと思うとちょっとブルー。こちらに来てからずっと楽しいので日本のことを思い出さなかったが、フィレンツェのレストランでイタリア人が連れてきたラブラドールレトリバー(黄色)を見た時だけは、トトのことを思い出して胸が締めつけられる思いだったが。トトは元気にしているんだろうか。顔を見たい。

ローマのホテルはミラノ、ベネツィアと同じSTARHOTELS系列の「METROPOLE」ホテル。テルミニ駅のすぐ近くだ。ホテルに着いたのが予定よりもだいぶ早かったらしく晩ご飯に行くための集合時間まで2時間ぐらいある。

もらったローマの地図に「UPIM」というスーパーマーケットが近くにあるというので出かけることに。
夜、部屋で飲む水やおみやげも大量に買った。
しかしレジのおばちゃんにはホント参った。買い物をした合計が37.4ユーロだったので40ユーロ出したら「Two euro.Two euro.」と言っている。どうやら「あと2ユーロよこせ」と言っているようだが、40ユーロ渡しているのだから足りないはずないので「ハ?」という顔をしていたら「Can you speak English?」と言われてムカついた。なんのことかわからないがとりあえず、きよが2ユーロ渡そうとしたら間違って3ユーロ渡してしまった。すると5ユーロ札のお釣りが返ってきた。どうやらおばちゃんは1ユーロコインがないからお釣りが渡せないので、あと2ユーロくれたら5ユーロ札で返せるという意味だったようだ。というか1ユーロ余分に渡してしまった・・・。
ちなみにこちらのレジ係はイスに座って仕事しているし、「いらっしゃいませ」や「ありがとうございました。またのご利用お待ちしています」なんて言わない。バーコードで「ピッ」と鳴らしてお金のやりとりをするだけだ。しかもこの時お菓子などの安いものをたくさん買ったので、めちゃくちゃめんどくさそうにため息つかれながらレジを打っていた。ナメてんのかコラッ!
この時、日本のサービス業は画一的ではあるけれどもスゴイなと思った。こちらではスーパーマーケットだけかもしれないが、お釣りを放り投げるように渡してくる。お金というものに対する価値観が違うようだ。祝い事のときに新札で渡したりするのは日本人だけだろうか。日本ではお金は神聖なものとして扱われているのではないか。イタリアでもみやげ物やBARではちゃんと手渡ししてくれるんだが。
あとでこのエピソードを添乗員に話したら、こちらではコインはお札より貴重なので、必ず「端数ないか?」と聞いてくるらしい。コインの貨幣流通量が元から少ないらしい。紙幣のほうがコストがかからないというのが理由だそうだ。それを聞いてちょっと納得。

ホテルに帰って近くのリストランテにみんなで移動。
一品目(primo piatto)はアーティチョークをバジルなどで煮たもの。これはみんなにもかなり不評。私もかなり無理して食べた。二品目はカルボナーラ。日本で食べるものは白いイメージだったが、こちらは黄色くてびっくり。味もチーズとタマゴたっぷりで、クリームはあまり使っていなかったかもしれない。ちょっと味付けが濃かったがまあまあ。しかし三品目の肉は堅かった。きよの分もペロっと食べて、あとはチーズケーキとカプチーノで締め。


ホテルの帰りにオペラ座の前へ。私たち以外の3組はオペラを見るらしい。私はオペラを楽しむような器量を持ち合わせていないので、「せっかくだしオペラ座でオペラでも見るか」という気にはなれなかった。旅行を満喫するためには清水の舞台から飛び降りるつもりで、なんでもかんでも「せっかくだから」で片付けるほうが勢いが出て良いかもしれない。

ホテルに戻ってテレビをつけたらUEFA CUPを放送していて、ローマがトルコかどこかのチームと試合をしていたので、それを見ながら日記を書いていたのだが、いつのまにか寝ていて、途中何度もきよに「はよフロ行き!」と起こされたものの、よっぽど疲れていたのか、テレビや電気もつけっぱなしで朝まで寝てしまっていた。
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6日目 2/25 フィレンツェ&ピサ (2004/02/25)
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6日目 2/25 フィレンツェ&ピサ

6時に起きて朝食へ。
今日は朝からオプショナルツアーとしてピサへ行く。
駅まで歩いて、バスで約1時間でピサに到着。
イタリア人と結婚してこちらに住んでいる日本人女性のガイドさんがついていたがスギ花粉症に悩まされているらしくティッシュ片手にしゃべっていた。ちょっとツラそう。


ピサにつくとまだ時間が早くて人もまばら。
みやげもの屋(怪しいものばっかり)もあまり開いてない。
駐車場でトイレ休憩に。
イタリアではトイレに入る際にチップが必要な場合がある。トイレの前に受付みたいなものがあって、そこにおばちゃんが座っており、トイレに入る前に箱にチップを入れなければならない。だいたい50セントが相場のようだ。何も買わないのにコンビニのトイレを使える日本は良い国だと感じた。
レストランやホテルのサービスを見ていると日本のレベルの高さがうかがえる。人にもよるが10ユーロの買い物に50ユーロ札を出したら露骨に嫌な顔をされたりするし。


ピサといえば斜塔だが、修復も終わってまた昇れるようになったので、せっかくだし昇ることに。お値段12ユーロ。
30分ごとの予約制で30人までしか昇れない。というのも人の重さで傾くのを防ぐためらしい。そんなにヤワなのか?
左右の塔の長さ70センチも違い、傾斜にして5度ほど。
狭い階段を昇っていくと傾いている側の壁へ体が引っ張られる。塔の周りをぐるっと周っている階段なので内側の壁と外側の壁へ交互に引っ張られると平衡感覚がおかしくなった。
ちょっと気持ち悪くなりながら最上階に。

昇ってきて思い出したが、私は高いところが苦手で、しかもさっき30人以上昇らせないのは傾きを防ぐためとか聞かされたので、余計に恐怖心が。
景色を楽しむ余裕はまったくなかった。傾いている側に立った時などはホントに怖くてトイレに行きたくなった。


しかし上から地元ピサのサッカーのスタジアムを発見。セリエC1(3部リーグ)とかのチームだったはずだが、ちゃんとしたスタジアムがあるらしい。ヨーロッパではどんな所にもだいたいプロサッカーチームがあるようだ。ピサのユニフォームがどんなものなのか気になったが、みやげもの屋には置いてなかった。

オプショナルツアーが終わり13時にフィレンツェに戻ってきた。
一緒にピサに行っていた平良夫妻と近くの「NUTTI」というピザがおいしいらしいお店で昼ごはん。そういえばツアーから離れてお店で食事するのは初めてだ。
私はせっかくなのでフィレンツェ風ピザ。きよはマルゲリータ。野菜不足なのでサラダも注文した。
買い物やホテルでも会話するのは私の担当。なんかだんだん慣れてきた。しかしせっかくだし、きよにもそのうち会話させてみようと思う。
「アクアミネラーレ・ナトゥラーレ、ピッツァ・フィオレンティーナ、ピッツァ・マルゲリータ、インサラータ・ヴェルデ」とさらっと言えるようになっただけでも進歩したなと思う。行きの飛行機の時を思えば・・・。

店を出てアカデミア美術館へ。本物のダヴィデ像を見た。確かに広場に置いてあるコピーとは迫力が違う。アカデミアというのは学校という意味だろうが、美術品の修復技術も教えているのだろう。
有名無名に関わらずゆっくり全部見たかったのだが、きよが興味ないので帰りたそう。病み上がりでしんどいだろうししょうがないか。疲れたようだ。


しかしこの後なぜかドゥオーモの横にあるジョットの鐘楼を昇ることに。階段400段ほどを昇り、フィレンツェを一望できる屋上へ。素晴らしい眺めだ。


しかしやはり高いところは怖い。
また忘れてた・・・。
階段を昇るときにイタリア語の1〜10を声に出しながら昇ると覚えることができた。フランス語の1〜10とよく似ているので簡単。



ホテルに戻っていったん休憩。きよは即寝。
私は前日までの日記を書いてから晩ごはんを食べるところをガイド本から探す。「Marione」というトスカーナ地方の家庭料理のお店に決定。
18時すぐにホテルを出てヴェッキオ橋の方へ。宝石店が立ち並んでいて華やかではあるが、もちろん手が出ない値段。夜のヴェッキオ橋を撮るべく橋の向こう側に渡ってから隣の橋まで歩いて、そこから撮影。しかし思っていたほどの絵にはならなかった。




橋の反対側は「ANTICHITA」という看板を掲げた店が多い。おそらくアンティークという意味なのだろう。大理石でできたテーブルセットや銀食器。けっこう興味をそそられるが、もちろんそんなもの買えるわけがない。



橋の反対側からまた戻ってくるとGUCCIやらVUITONやらが立ち並ぶ場所に来た。
昨日、見つけたお店でおみやげを買ったのだが、レジに商品を置いたらお店の人に「オミヤゲ?ベツベツ?」と日本語で言われた。どこで覚えたんだ・・・。
イタリアにとって日本人は大事な大事なお客様。日本語の単語を覚えている人はけっこう多いみたい。

「Marione」につくと店内は満員。きよから「予約してから来たらいいのに」と言われたが、電話するのは身振り手振りが使えないので難しい。ムリだ。
とりあえず店に入って「ドゥエペルソネ。ノンリザーブ」と言ってみたら、案内してくれて、ホッとした。
ここは日本語メニューがあったので助かったが、隣の席のフランス人夫婦はメニューを開いて辞書と格闘していた。しかしいざ店員がオーダーを取りにくるとフランス語で料理の説明をしていた。世界中から観光客が来るイタリアではいろんな言葉に対応できるようにしているのか、勉強しているようだ。すごい。
私が見たかぎりフランス人とイギリス人観光客が多く、ついでドイツ人も少し。中国人はけっこういたが、韓国人は少ないような気がする。もちろん一番多いのは日本人。この狭い店にも10人ぐらいいたと思う。
きよは「豆のスープ」と「トマトとモッツァレラチーズのサラダ」を、私は「トルテッリのミートソース」と「チキンソテーとポテト付け合わせ」を注文。どれも辛いぐらい塩が濃い。しかし私にはおいしかった。
フィレンツェがあるトスカーナ地方の料理は塩辛いのが特徴なのだそうだ。せっかくフィレンツェに来たのだから、そこでしか食べられないものを食べたい。

2人で26ユーロ払ってお店を出たがまだ満腹ではない。イタリアに来て異常な食欲を発揮し続ける私。時差ボケもまったくなかったし、よく眠れるし、ごはんもおいしい。1人で街に出ても、大阪にいるのと大差ないような気分になってきたし、イタリアを満喫している。
反対にきよはカゼひいたのもあるが、あまり眠れないし、ごはんはあんまりらしいし、一人じゃ買い物にも出かけられないし、観光じゃボーっとしてるし、テンションが上がってこないようだ。おそらく早く日本に帰りたいと思っているだろう。私には絶対そんなこと言わないだろうけど。

そんなきよもジェラート屋さんでは目がキラキラしている。単純なヤツめ。
50種類ぐらいあるなかから選ぶのはけっこう大変で、きよはイチゴヨーグルト、私は「frutti di bosco」というのを食べた。「森のフルーツ」という意味だがたぶんブルーベリーだと思う。色も紫だし、味もそうだった。
店内で食べていると店員のおばちゃんが同僚のお兄さんに「5チャンネルつけて」と言っていた。すると「デポルティボラコルーニャVSユベントス」の一戦の生中継。チャンピオンズリーグだ。
もちろん気になるのでテレビが見えやすい場所に移動してしばらく見ていた。惜しいシュートシーンとかだと私はどうしても声が出てしまうので「オ〜!」とか「オイっ!」とか言ってしまう。すると店員が「お。この日本人もカルチョが好きなのか?」というニヤけた目でこちらを見ている。もしイタリア語が話せるのなら強かったころのフィオレンティーナの話でも延々と語りたいところだった。

食べ終わってホテルへ急ぐ。もちろん続きを見たいからだ。
ホテルのフロントで嫌がるきよに部屋番号を言わせてみた。「303」と言うだけなのだが「トレ・チェント・トレ」がなんとか通じて、きよもうれし恥ずかしといった感じ。良かったね。

私も疲れていたみたいで、いつのまにか寝てしまい、起きたら試合が終わっていた。
こちらでおもしろいのは試合が終わったら、直後に監督や選手のインタビューがロッカールームから生中継される番組があること。この日は監督のリッピやブッフォン、ザンブロッタなどがそれぞれ10分ほどインタビューされていた。わからないながらもなんとなく見ていたら、12時を過ぎていた。
さっき食べた塩辛い料理のせいで喉が渇くのでミネラルウォーターをガブ飲みしてすぐ寝た。

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